咸北線の研究

咸北線
まず咸北線とはどこを走っている路線か分かるだろうか?日本の鉄道マニアでもピンと来ないと思う。実は日本では無い。正式に書くと「함북선」、無理やりカタカナで読ませると「ハムブク線」。韓国の路線かと思えばそれも違う。実は北朝鮮の路線なのである。なんでこの路線について書こうと思ったのか。それは単純にそこを走る列車を見たからである。じゃあ北朝鮮に行ったことがあるのかというと、そういうわけではない。それでは一体なんなのだということ事になる。咸北線は清津から羅津まで331.1kmを結ぶ全線直流3000V電化の路線である。かつては清津から上三峰(現在は三峰)までが朝鮮総督府鉄道局、いわゆる鮮鉄でそこから先は南満州鉄道いわゆる満鉄が経営をしていた。途中山岳地帯にはループ線も存在し、話によると蒸気機関車時代はひどく苦労したそうだ。
咸北線のダイヤ
 
地図からも分かるように羅津から清津に行く一番早いルートは平羅線で、咸北線の距離の4分の1強ほどである。そのため特定の貨物列車や中国への国際貨物列車だけが咸北線を通ることになる。次に旅客列車。国内列車が数本通る。旅客列車のダイヤについては以下の通りである。ちなみにモスクワ行国際列車も通っていたが、詳細は次項に記す。

※1 表定速度は咸北線内だけで計算した。
※2 (~発)や(~着)はその列車の起点と終点を表す物である。
※3 茂山にいく列車が途中まで咸北線を通るが今回は省略した。
   茂山行はちなみに129.130レ 153.154レ 急13.14レ である。
※4 通勤列車が数本設定されていたが数駅で終点のものが多いので省略した。
※5 一般に咸北線といった時に支線を含むといった記述もあるが、今回は支線は除いた。
※6 途中停車駅は今回省略した。詳しい停車駅については Wikipedia 咸北線▶ を参照のこと。

1993年度改正版
  • 急19・20レ (信川3:13発)  清津 2:35発 羅津 14:00着  表定速度29.0km/h
  • 急21・22レ (信川20:45着) 羅津 12:06発 清津 23:39着  表定速度28.6km/h 
  • 準急46・47レ (葛麻5:15発)  清津 20:48発 羅津 7:35着  表定速度30.7km/h
  • 準急48・49レ (葛麻18:47着)  羅津 16:33発 清津 4:28着  表定時刻27.8km/h
  • 準急15レ (西平壌16:41発)  清津 13:33発 穏城 19:52着  表定時刻29.2km/h
  • 準急16レ (西平壌6:19着)  穏城 3:33発 清津 10:19着  表定速度26.3km/h
  • 144・145・146レ (豆満江2:52発)→羅津→穏城→清津→羅津→清津  清津 8:00発 羅津 19:50着 (清津22:35着)
    表定速度27.9km/h
  • 147・148・149レ (羅津22:58着) 羅津発羅津行循環列車  羅津 6:55発 清津 20:16着  表定速度24.8km/h

2002年度改正での変化
  • 急19.20レと急21.22レは廃止になった。
  • 準急46.47レと準急48.49レは準急128.129.130レと準急131.132.133レとなり上下とも5~6時間遅くなった。
  • 準急15レと準急16レは準急113レと準急113レと準急114レとなり、上下とも3~4時間遅くなった。
  • 長距離各駅停車の144・145・146レそして147・148・149レは廃止となった。よって咸北線経由の長距離各駅停車は全廃となった。

結果
いくつかの中小都市を結んだり、短区間の輸送をまとめて行ったりするために咸北線経由の列車が設定されている事が分かった。そして北朝鮮の列車はただでさえあり得ない程の低速で運行していたが、そこから進歩が無いどころか後退していっている事もわかった。
他国と朝鮮との国際貨物・国際列車
北朝鮮から他国に直通する国際列車は現在、平壌発北京・モスクワ行1本の みとなっている。一応咸北線経由(羅津までは平羅線を通る)のモスクワ行が設 定されているのだが、すでに2007年度の時点で運休中であった。その他にも 一駅だけ国境を越す混合列車なども存在していたようだが、現在運行してい るかは分かっていない。だが、貨物列車においては、はっきりと詳細が分か っているものがある。一つは最近話題にもなった韓国と北朝鮮によるもの。 そしてもう一つは図們と南陽間(1ページ目の地図を参照)における中国と北 朝鮮によるものである。その間を通る旅客列車は随分昔に廃止されたが、貨 物列車はまだ両国間を行き来している。詳しくは  シリーズ「国境を行く」▶ のページを読むと分かる。越境する貨物列車は1ヶ月交代で北朝鮮の機関車と中国の機関車が牽引している。
  • 左 豆満江の小船の上から撮影
    残念ながら列車は来なかった。この鉄橋を中国もしくは北朝鮮のディーゼル機関車が1両程度の貨車を引いて走っていく。かつては蒸気機関車牽引だったため、SLマニアが時々、この地に足を運んでいた。

  • 右 中国側の町、開山屯から撮影した元鉄道橋
    昔はここから向こう側の三峰まで線が繋がっていた。今では鉄橋の線路は、はがされて道路となった。
咸北線を走る機関車
 
咸北線は電化しているために電気機関車がほとんどであり、万景台型や赤旗型が走っている。だが国際貨物はディーゼル機関車が牽引するため、中国の中古である東方紅3型やロシアのМ62型と同型機の新星型などが稼動している。形式が明らかになっていない機関車もあるぐらいなので、このぐらいしか情報は手に入らなかった。
現地
筆者が2007年の夏休みに北朝鮮沿いを車で移動した時の事を記そうと思う。今は亡き祖母の家に訪問した際に、北朝鮮の町や鉄道を見たかった俺は親戚と車で北朝鮮ウォッチングに出掛けた。そして30分ぐらいで北朝鮮が見渡せる丘の上に着いた。なにやら怪しい叫びが北朝鮮の建物から聞こえたのが気になった。農村が広がり、その中央を咸北線が通っていて、鉄橋もみかけた。
これがどこかは今の所不明である。しばらく観察した後、今度は炭鉱の町が見えるということで、また車を動かした。数十分して車酔いに苦しみながらもその"見える"という場所に着いた。そして着いたとたん唖然とした。ここまで見えちゃっていいの?という感じだった。
  •  左 丸で囲んだ所が鉄橋である。
  •  右 遊仙の町
    ここは咸北線から分かれる会寧炭鉱線があるはずだが、そこまでは見つける事ができなかった。

普通のコンパクトカメラで撮ったので画質が今ひとつだが犬の散歩をしている人や自転車を漕いでいる姿もある。この日はここまでにして帰った。翌日、鉄道は見えなかった私だが、北朝鮮をこんなにもはっきりと見ることができたので非常に満足していた。その日は中国の都市部に出て観光をする予定だったが、観光は意外にもはやく終り時間が余ることになってしまった。「それならば」と思い、また親戚と北朝鮮ウォッチングに出掛けた。国境の町、開山屯(Kai Shan Tun)に行こうという事で車を出した。1時間程で開山屯に着いた。本当は開山屯まで鉄道で行きたかったのだが、だいぶ前に旅客列車を廃止してしまっていた。開山屯はのんびりとした町だった。まだ時間があり余っていたので、もう少し北にある国境の町、図們へ行く事にした。図們は幼少の頃から何度か行った事がある。北朝鮮を見る観光客が多く訪れていて、開山屯とは大きく違っている。開山屯から図們に行くという事は地図を見ても分かるとおり、車が咸北線と並行して走るという事である。列車が見えるかもという期待を抱いて車に乗っていた。途中こんな物が見えた。
  •  左 遊仙のメインストリートを歩く人々
  •  右 21世紀の太陽金正日将軍万歳

それにしても山に木が無い。さすが北朝鮮!そしてその数分後、車から信じられない物が見えた。なんと機関車が走っているではないか!すぐさま車から降りて撮影に試みた。しかも貨物列車ではなく運行しているかどうか分からないような旅客列車ではないか!
  •  左 電気機関車を先頭にやってきた!
  •  右 雄大な山をバックに列車は走り去った。
最初に感じた事は、その速度がとても遅いという事だ。出現してから走り去るまで10分以上あったであろう。そして、客車には窓ガラスが無いという事実も目撃した。噂で囁かれていたのだが本当に北朝鮮の列車には窓ガラスが無かった。
この列車を撮影後図們に向かった。図們では咸北線のトンネル、自転車で坂を上ったり下ったりしている北朝鮮人、朝鮮人民軍の兵士、様々なものを見たが、列車を見た感動でいっぱいだった。そしてこの原稿を書いている今でも頭の中でその時の様子が描写される。帰国し、家に帰戻ってからこの列車はどういうダイヤで動いていたのかを調べたところ、この時刻にここを通る列車というものはどうも存在しないらし。どうやら時刻表通りには動いてないようだ。
まとめ
 
今回の北朝鮮の鉄道路線について研究している時、何が大変だったかというとそれは資料不足である。それは覚悟していた事である。この路線の写真はwebページでは、見たこと無いし、テレビでもニュースの北朝鮮特集で一回だけ映像を見たことあって、それも旅客列車では無く貨物列車だった。なかなか自分で見たこと無い鉄道に興味を持つというのは難しいことかもしれないが、ボンネット特急やブルトレを追いかけている人にもこの路線を知ってもらいたくて書いた。時刻通り走らず、窓ガラスは無く、日本人がなかなか行けない地を走る路線、咸北線。北朝鮮の体制が変わり日本人も自由に旅行ができるようになったら、いつか咸北線に乗ってかつて写真を写した場所を列車の中から見たいものである。

この記事は2008年に執筆されましたため、現状と異なっている可能性があります。

参考文献
Wikipedia 咸北線 | 現代コリアコラム 北朝鮮「旅客列車時間表」1993年 鉄道出版社版 | シリーズ「国境を行く | 将軍様の鉄道 新潮社

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